がーーっと原稿書いていると、朝。娘が、「腹減ったー」と言いに来る。
昼食のしたくをはじめようとして、ああ、もうこりゃやばい、を感知する。
で、家族に、「食事できるまでまだ時間かかるから、30分くらい外で遊んできて」と頼み、ひとりになることに成功。
グラタンを作りながら、生卵を、思いっきり壁(というか、正しくはドア)に向けて投げつける。結局3つほどつぶして、もやもやがおさまる。
戻ってきた家族は、一瞬ぎょっとしたと思うが何も言わない。
夕方ようやく、ドアの全面にだれだれにこびりついた卵の汁を拭きにかかる。もう固まっていて、わりばしでこそげるようにしてとっていると、子ども達が自分もやる、といってふたりして手伝ってくれる。
「ママ、 これ面白いね。」ふーむ、そう言ってくれるなら、年に2回くらい、卵をぶっつけても大丈夫かな。で、ちょっとそう言ってみると、「ママ、でも、下に新聞紙ひいといた方がいいと思うよ。」ごもっとも。
カウンターに並んでビールを飲みながら大声で話す20代半ばすぎくらいの男性客ふたり。
「で、さあ、見えちゃうわけよ。見えないと思っていたのが、見えちゃうわけよ。人生の終わりがさあ。」
うむ。見えちゃったと思っても、それが本当に終わりだという証拠はないわけで。
まだ見えてない、ずっと見えないに違いない、と思っていた方がいいと思うけど。少なくともわたしはそれで行く。
わはは、私も真似しよかっなぁ。>卵なげ
いつもはぬいぐるみとかを蹴ったり投げたりしてるし(笑)
あっはっは。実は、ゆで卵も試したんだけどね。
ぶつけた瞬間のすっきり感が違います。生卵は。
(ただし、食べ物を粗末にするなあ、とか、べっちょり卵がついたカーペットどうするう、とかいうのを考えない、という毅然とした態度が必要であります。違うか。そんんだけ追い詰められたとき用、にとっとくのがいいと思います。)
ヤバイ、が感知できると大分違いますよね....
長年の経験かな。対処法も。
我が家は家族揃って、投げるのは欠けた食器です。茶碗が効果的みたい。
決めごとではないのだけれど。私はまだ1回しか割ったことがないです>こら
なんとなく、こたつに家族が入って、みかん食べながら、上空を茶碗が飛び交ってる図を想像してしまった。「家族揃って」の連想かなあ。(遅レスで失礼。)