わたしは仕事で帰りが遅く、主役は早々に寝てしまい、じゃあ、主役が夜中に起きてきたら、そこで誕生会をやろうか、と子ども達は張り切っていたのだが。
結局主役は疲れが溜まっていたようで、いつもより起きるのが遅く、それまでの間に子ども達は寝ついてしまい、誕生会はお流れ。
でも、仕事机の上に子ども達が用意した、カードと紙のケーキには気づいたはず。
なぜ、誰の目にも、それがその人自身のことだ、とわかるように書いてしまったのだろう、とずっと考えていた。もちろんそれは、その人が誰かにそのことを知らせたいと思ったからに違いない。
書くことで、あなたは解放されたのだろうか。
そして、今までずっと、(この閉ざされた世界で)それを知っているのはわたしだけだ、という重荷から、わたしは解放された。
「既に毎回読んで」いただいている、千絵です。(感謝。リンクなしだけど。)
「真剣にいらだっている」というやつに「いらだってる、というより、闘ってるのよん」と反応してみようか、とか、「母とか妻とかって、仕事として認めて、というより、それは役割として(お互いに)認め合うべき」とか言ってみようか、と思っていたのですが。やめた。
おい、言ってるじゃん。