2003-04-30 [長年日記]

_ ぎょ

「親の心、子知らず」ということばがあるけど、「教員の心、学生知らず」というのはどうよ。

まあねえ、「目標を設定して知らせてね」という指示は、何を目標にするかは学生に任せて、こちらはペースメーカーに徹しているわけだけど、学生にしてみると、そういうふうに指示されること自体が、「自由にやらせてくれない」になったりするのね。

「こんなふうにやってるよ」と言ってくれさえすれば、こちらも「やってね」と言わずにすむんだしねえ。「自由にやりたい」から知らせなくていいと思った、ってそれいったい何なの?逆じゃない?

一瞬ぎょっとしたけど、パートナーの先生(ほうれんそうの人)との二人三脚で、とりあえずこちらの意図を懇切丁寧に説明。わかってくれたかなあ。

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_ omoto (2003-05-01 16:34)

3月まで学生をやり4月の研修で「ほうれんそう」について会社の研修で習った者です。
学生のうちはなかなか「指示する」立場になる機会が少ないし、また指示したとしても学生同士のことだったりするので、そういう立場での考え方というのは理解し難いかもしれませんね。
どういう意図でやったかをちゃんと説明してあげることだと思うのでいい方向に進むといいですね。

_ dd (2003-05-01 17:10)

おお、omotoさん、お元気ですか?
確かに、学生には「指示する側の意図」が見えにくいということに、教員の側も十分注意をしなくちゃなあ、という反省もしました、今回。
でもまあ、こちらだけが努力をしても、どうにもならない部分はあるなあ、という少々悲観的な気分。
ただ、教員ふたりの息が合っているので、わたしにとっては、それだけで十分得るものはあるのですが。